活動紹介

トップ > 活動紹介 > 書籍

書籍論文

裁判員制度に関する主な書籍

(2004年以降のものを中心に)

「市民を陥れる司法の罠-志布志事件と裁判員制度をめぐって」木村 朗著 南方新社 2011.5

事件像をχ軸、裁判員制度・死刑制度・メディア問題をy軸、現状の細密描写から対策検討への発展をZ軸にして、国際関係論専攻の研究者がこの国の刑事司法と四つ相撲を組んだ。門外漢の評論と思われたら大間違い、驚くほど緻密かつ実証的な論を展開している。俎上に載せた事件は、松本サリン事件(94年)、志布志事件(03年)、鹿児島高齢者夫婦殺害事件(09年)。筆者は、わが国の刑事裁判の反人権性に厳しい批判の目を向け、裁判員制度がその打開のきっかけになるかというテーマに挑み、その結論を否とした。また、裁判員裁判を推進するメディアに向けても鋭い批判を展開している。この書は、私たち一般市民が権力とメディアが一体化して行う情報操作に惑わせられないようにメディアリテラシー(情報を主体的かつ批判的に読み解く力)を身につけてることが何よりも求められているという問題意識に基づいて書かれている。その中で、気鋭の政治学者らしい論争承知の提案もあり、刺激的だ。


「きみが選んだ死刑のスイッチ」森 達也著 理論社 2009.5

第3章が裁判員制度特集。「どうしてぼくらが人を裁けるの」「参加してなにが変わるの」「なにを変えるの」「どうやって変えるの」「なんで参加するの」。少年少女向けに裁判員制度の不合理を説く。「裁判が身近でわかりやすいものになる」というリクツに気をつけよと提言する。現実は複雑であると、切り捨てないでほしいと。マンガが良い。「小学生にもわからない裁判員制度のいろは」だって。ふむふむ


「裁判員拒否のすすめ」伊佐千尋・生田暉雄著 WAVE出版 2009.4

裁判員を拒否せよと訴える行動提起の書。この制度でえん罪は減らない、捜査を変えないで国民を参加させれば国民は加害者に立たされるだけだという。国民には拒否する権限があるのだと説明。制度に隠された狙いを見抜き、制度に対して正面から対決しろと提案している。


「裁判員を楽しもう」現代人文社編集部著 現代人文社 2009.3

現代人文社という本屋は、裁判は楽しむものと思っているらしい。そりゃ本が売れれば楽しかろうよ。裁判がどうなろうと、被告人がどうなろうと、そんなことは知ったこっちゃないんだね、きっと。裁判員はファッションにこだわり、みんなで裁判所の食堂探検をしようと提案している。食堂で一番笑っているのが現代人文社の編集長だよ、きっと。


「裁判員制度はいらない」高山俊吉著 講談社+α文庫 2009.2

単行本版『裁判員制度はいらない』を文庫版にし、この間に起きた新しい問題について各章に補記したアップツーデート版。コンパクトに整理された根底的批判の書。制度批判の論戦に必携の書だが、「制度には良いところもあるんじゃないかなぁ」と思っている人にもぜひ読んでもらいたい本だ。


「つぶせ!裁判員制度」井上 薫著 新潮新書 2008.3

著者は、元裁判官。裁判員制度を珍制度と断じ、素人が裁判できるのなら司法試験は要らないとし、制度実施阻止のために決起せよと激しく主張する。在任中は、裁判官の論述を要点に絞れと主張して知られた。裁判員制度に対する意見もさすがに簡単明瞭。


「裁判員制度の正体」西野喜一著 講談社現代新書 2007.8

帯のキャッチコピーが「恐怖の悪法を徹底解剖-元判事の大学教授が<赤紙>から逃れる法を伝授」とものすごい。裏表紙側には、「日本の司法を滅ぼす、問題山積の新制度」として、以下のように問題点が列挙されています。国民の過半数は不要論。違憲のデパートというべき制度。手抜き審理が横行する。真相の追求が図られなくなる。巨額の税金がかかる。犯罪被害者の心の傷。裁判員候補者にプライバシーはない。会社を休んでも本当に給与は出るのか。国のために奉仕すべしという思想。このように裁判員制度の問題性が網羅的に指摘されています。


「えん罪を生む裁判員制度」石松竹雄・土屋公献・伊佐千尋編著 現代人文社 2007.8

陪審制度推進論者の書。えん罪を生む理由、現在の裁判が抱える問題点、公判前整理手続きの問題点などを詳論する。陪審制論者の多くが裁判員制度信奉者に転進した中で、しっかり陣地を守ってるなぁなんて思っていたが、「裁判員制度廃止はあり得ない」などと言われると、アレッと思ってしまう。時代の危うさに対する視点も今ひとつだなァ。「官僚裁判批判」が出発点になるとこうなっちゃうのかしら。


「これでいいのか裁判員制度」田邉信好著 新風舎 2007.5

司法は多数決にはなじまない。行政の政策決定と司法はそこが異なる。大戦に疑問を持ちつつ沈黙した過ちをくり返したくないと吐露し、これは徴兵制だと叫ぶ。元地検検事正、高検部長。最高検検事。実施前の全面改正か実施延期をとの訴えは、一線の検察官たちの掛け値のない本心、本音だろう。


「殺人犯を裁けますか?-裁判員制度の問題点-」田中克人著 駒草出版 2007.4

誰のためのものかと疑問を提起し、制度は問題だらけと断じ、施行を停止し議論をやり直せと主張する。なるほどなるほど。いま、なぜ裁判員制度なのかをあらためて考えさせる。時代の危険な状況をこの著者はどう見ているのか、さらにつっこんだ見識を聞きたい。


「説示なしでは裁判員制度は成功しない」五十嵐二葉 現代人文社 2007.4

「だんだん良くしていこうなんて無責任」とか、「人権保障がだんだん手厚くなった刑事手続きなんて過去に一つもない」と言い切るところまでは立派。 でもね、「いらないって言ってれば廃止できる訳じゃないから少しでも市民参加に向かわせよう」とか、「説示をきちんとさせていこう」なんて言うんだよ ねぇ。著者(弁護士)自身が「だんだん良くしていこう」論者になってるんじゃないか…。よくわかんないなぁ。


「裁判員制度ブックレット-はじまる!私たちが参加する裁判-」最新版 最高裁判所 2007.1

「裁判員制度の導入により、裁判全体に対する国民の理解が深まり、司法が国民にとってより身近な者となることが期待されています」だと。裁判に対す る理解を深めたいか深めたくないかは「国民」が自分で決めることでしょ。最高裁から「私たち」って言われるのも気色悪いし、だいたい「期待されています」ってちょっとおかしくない? 受け身の文章って気になって眠れないよ。いったい誰が私に期待してるって言うの。


「裁判員制度でえん罪はなくなるのでしょうか」日本国民救援会宮城県本部発行 2006.12

 小田中聰樹・東北大学名誉教授の同名の講演の記録。「裁判員制度がえん罪を克服できるかどうかこそが課題で、真剣に議論されなければならない」と 日本国民救援会宮城県本部庄司捷彦会長(弁護士)が挨拶。応えて小田中名誉教授は、「裁判員制度というのは、人権の立場に立っても、民主主義の立場に立っ ても大きな構造的欠陥を持った制度であり、被告人にも弁護人にも救援運動にも、公正で人権保障的な裁判を妨げる危険のある制度です」と。市民向けのわかりやすい説明、法律用語の解説付きのパンフレット。


「よくわかる!裁判員制度Q&A」最高裁判所 2006.12

マンガなら読んでくれるだろうってんだろ。あざといなぁ。裁判員に選ばれたことを「家族」と「親しい人」と「上司」以外には言っちゃいけないんだ と! 報告を受けた上司も「必要な範囲内」でその上司や使用者に話すことしか認めないって。でも勝手な解釈だねぇ。裁判員法のどこにもそんなこと書いてな いもん。聞かされた人の方はそのことを自分の「家族」にも「親しい人」にも言っちゃいけないんでしょ。なんでそんなに秘密にしたがるの?「開かれた司法」 とかじゃなかったっけ。


「刑事訴訟法の変動と憲法的思考」小田中聰樹著 日本評論社 2006.12

「廃止論は現実的でないとは私自身は思わない。『統治主体意識』などという逆立ちの似非民主主義論に幻惑されることなく、裁判員制度の危険性などを 正確に観察し、この制度が公正な裁判を保障するかどうかきっちり分析すべきだ(第七章「裁判員制度と民主主義刑事法学の課題」)」。「廃止を含む抜本的再 改革を施すため、『延期(モラトリアム)』に付することは、法律関係者の良心と知恵とに基づく最低限の責任である(同補論)」。さぁ、法律家のみなさん。 あなたの良心と知恵はどうなりますか。


「市民が活きる裁判員制度に向けて」日本弁護士連合会調査報告団編 現代人文社 2006.7

「ニューヨーク州刑事裁判実務から学ぶ」と副題。市民が活きない裁判制度はホントの市民参加じゃないって思い立ち、アメリカを見てきたって。そして 調査の最後に確認したのは、「陪審制度と裁判員制度の違いをどう乗り越えるかが大課題」だってさ。あったり前でしょ。通常、3人もの裁判官がそこに座ってるんですよ、陪審にはそんな人一人もいないんですよ。最大、最難のテーマを脇に置いて「あーでもないこーでもない」って言ってたって、しょーがないで しょうが。そんなことアメリカに行かなくちゃわかんないの。


「裁判員のためのよく分かる法律用語解説」前田雅英監修 立花書房 2006.12

[合理的な疑いをいれない証明]を解説すると、「常識的にみて、もっともな疑問は残らない程度の証明。つまり、常識に照らして判断したときに、真実 はこうだったであろうと納得できるだけの証明」。わかったかい。で、裁判員制度に対するあなたの疑問は合理的ではないし、私にはもっともな疑問なんて何も 残らないって、そういうこと。監修者・執筆者たちは大学院教授。「よく分かる」っていくら言ったって、本当に分かりたいって自分から思っている人がどれだ けいるかだよねぇ。


「日本はどうなる 2007」「週刊金曜日」編集部編 金曜日 2006.12

暴走する国家にあらがう34の論点の一つに裁判員制度が登場。タイトルは「裁判員制度の裏側」。執筆者は「裁判員制度はいらない」の高山俊吉(弁護士)。やらせやサクラの背景にある制度推進派の危機感をついて、裁判員制度反対への決起を促す。「どうなる」から「どうする」へだな、きっと。


「誤判を生まない裁判員制度への課題」伊藤和子著 現代人文社 2006.12

裁判員制度が冤罪を生まないためには大胆な改革が必要とおっしゃる。しかし、裁判員制度自体に対する見方は霧がかかったように不透明。著者(弁護 士)は「大胆な改革」が本当にできると思ってるのだろうか。できないことを承知で言っているのか。そこが問題だ。「改革ができないなら私は冤罪の温床にな る裁判員制度に反対する」とは言わなさそうな気がする、この人きっと。


「プロブレムQ&A あきれる裁判と裁判員制度」矢野輝雄著 緑風出版 2006.9

制度を批判する学者らの指摘を丁寧に紹介しているが、裁判員制度批判はおとなしいというか、微温的だ。「あきれる『裁判と裁判員制度』」というより は、「『あきれる裁判』と『裁判員制度』」といったところか。次は、正面から裁判員制度にあきれてもらおう。


「裁判員制度はいらない」高山俊吉著 講談社 2006.9

裁判員制度と真っ向対決、全否定の書。市民から嫌われ専門家から批判され、義務と処罰でてんこ盛りの裁判員制度。市民を支配の側に立たせる悪制度を みんなの力で打ち破ろうと呼びかける。帯には「裁判員制度は軍国主義への一里塚だ!」と。著者は大運動の呼びかけ人の1人で、「憲法と人権の日弁連をめざす会」代表の弁護士。


「裁判員制度は刑事裁判を変えるか」伊佐千尋著 現代人文社 2006.5

陪審制推進論の立場から裁判員制度に疑問を突きつける。「裁判員は裁判官と対等に議論することも判断することもできない」「自白偏重や人質司法が変 わらなければ裁判員制度なんて無意味」。陪審制のよしあしについても意見はいろいろあるが、陪審論者としての筋を一本通すこの著者は日本復帰前の沖縄で陪 審員を経験した作家。


「ガイドブック裁判員制度」河津博史ほか著 法学書院 2006.4

「市民が刑事裁判に参加することは、歴史の教訓に学んでかけがいのない市民の自由や権利を守るために重要な意味を持っている」だって。えーっ、裁判員制度の採用を決めた政府審議会の意見書にはそんなこと一言も書かれていないってお父さんが言ってたよ。そしてね、ウソはなんとかの始まりだってお母さんが言ってたよ。


「司法制度改革概説6 裁判員法/刑事訴訟法」辻裕教著 商事法務 2005.7

裁判員法を作ったお役人が書いたもの。全体の7分の6が資料。官報を読んでるような味気なさだけど、せっかくだから[導入の意義]の部分を紹介しておこう。「広く国民が裁判の過程に参加し、その感覚が裁判内容により反映されるようになることによって、国民の司法に対する理解や支持が深まり、司法がより強固な国民的基盤を得ることができるようになることである」。こら、頭が高いぞっ。


「解説裁判員法 立法の経緯と課題」池田修著 弘文堂 2005.5

著者は政府推進本部の委員(裁判官)。「裁判員制度は、裁判官と裁判員の合議によって事実を認定し、有罪の場合には刑まで決めるという参審型制度で、この制度を陪審型の制度へ移行する前段階ととらえるようなことはできない」。裁判員制度は陪審への一里塚だと言い張るみなさん、ここまで言われてさぁ どうするのさ。


「もしも裁判員に選ばれたら 裁判員ハンドブック」四宮啓ほか著 花伝社 2005.1

「これまで国民は、公務員である裁判官が決める『正義』の受け手に過ぎませんでした。しかし、これからは、国民自身が正義の発信人になるのです」。 冗談でしょう。私たちの多くの先達が、権力の人権無視や人権侵害と闘い、「公務員である裁判官から」成果を勝ち取ってきたことをすっかり忘れ、その一方で 「公務員である裁判官」が今後も評議の席の真ん中にどっかと座ったままだってことも平気で無視する人たちさ。いい気なもんよ。著者は政府推進本部の委員 (弁護士)ほか。


「実務家のための裁判員法入門」後藤昭ほか著 現代人文社 2004.12

「一般の人々と法律家がともに裁判員制度を導入して良かったと思うようにしたい」って。八方ふさがりだっていうのによくそんなこと言えるなぁ、何を どうすればそうなるのさ。なりっこないことをなるかも知れないように言うのは、やっぱりいけないことだと思うんだけど。


「自由主義者の遺言」安念潤司著(「憲法論集」所収) 創文社 2004.9

憲法学の泰斗樋口陽一先生の古希記念の論集に収められている。「司法制度改革という名の反自由主義」というサブタイトルで、裁判員制度は官僚統制を 劇的に強化し自由を窒息させるだけの制度だと言う。被告人に辞退権を認めず、国民に拒否権を認めない裁判員制度は到底許されないとし、拒否権を認めなくて も苦役禁止の憲法18条に違反しないなんて言ってると次には徴兵制合憲論に進むぞと警告し、この制度の提唱者・賛同者はそのあたりを覚悟してものを言って いるのかと強い言葉で推進派を批判する。


「裁判員制度と国民の司法参加」鯰越溢弘編著 現代人文社 2004.9

国民の司法参加を実現した「政府の関係各位」「司法制度改革審議会委員」などの努力に「敬意を表し」、今回は政府にたてつかなかった日弁連には「目をみはるものがあった」と賞賛する陪審論者。この人の陪審論には権力に刃向かう思想というのはまるっきりないらしい。陪審への一里塚であることを願って読者の叱正を期待するとさ。そりゃ叱正の声だらけだろうよ。


「裁判員制度」丸田隆著 平凡社新書 2004.7

どうして陪審制じゃなく裁判員制度なんかにしちゃったんだと怒ったり、書く気がしなくなったなんて嘆いてみせながら、裁判員制度を一生懸命宣伝し、 みんな進んで裁判員になろうと呼びかけるヘンな本。「まじめで無遅刻で責任感がある人」が裁判員に期待される資質なんだって。さてアナタはどうかな。


「裁判員制度の批判的考察」小田中聰樹著(「構造改革批判と法の視点」所収) 花伝社 2004.6

裁判員制度は民主、独立、公正の憲法的原則に反する。諸悪の根元は「統治主体意識」の注入という権力的発想にある。裁判員制度は、人権侵害的で冤罪 を作り出す危険を強くはらんでいる。加えて、裁判批判や裁判報道を排除したり抑圧したりする装置を内蔵してもいる。裁判員制度は、国民が司法に参加する基 盤を実はむしろ反対に弱めてしまうのだと説く。安易で楽観的な見通しを言う人々よ、胸に手を当てて考えよ。


「刑事司法への市民参加」高窪貞人教授古稀祝賀記念論文集編集委員会編 現代人文社 2004.5

裁判員制度の可能性と課題、国民生活上の負担、報道の在り方など、陪審制に造詣の深い研究者たちの論文集。だが、政府の司法制度改革審議会に対する 批判は何とも希薄。陪審論者なら裁判員制度に対する批判や懸念がもっとあってもいいんじゃないかなぁ。


「陪審手引」大日本陪審協会 昭和6年8月 現代人文社(復刻版) 1999.10

[陪審の意味]の項には、「陪審員として、畏(かしこ)くも天皇の御名に於て行はれる、神聖の裁判に列し、恁(か)うした重大の任務を果たすこと は、丁度国民として兵役に就くのが、大なる名誉であり義務であると同様な次第であります」とある。当世風に言えば「裁判員ハンドブック」。裁判員制度も結 局「兵役級の義務」ってことか。


「我が国で行われた陪審裁判」最高裁判所事務総局刑事局監修 司法協会 1995.9

わが陪審制の姿を各時期の生のデータや論説を集めて分析した記録。陪審法以前の陪審論の模様から始まり、陪審法が成立した時の論議や制度の具体的な 内容、そして運用の実態などにも切り込んでいる。陪審法の問題点や不振の原因、停止の理由にも触れ、陪審制の全体をかなり詳しく解説している。当局刊行の概説書だが、この国の陪審制をつかもうと思ったら、とりあえず目を通す必要がある資料だね。


書籍論文

ページの上部へ戻る